戦後70年目の「終戦の日」を迎えます

本年は第2次世界大戦の終戦から70年を迎えます。浄土宗では、「世界に共生を」(ともいき)と題して、想像を絶する多くの生命が失われたすべての尊い生命に追悼の誠を捧げるとともに、戦没者の方々にとどまらずその壮絶な時代を生き、戦後の世界が平和になるよう努力を続けてこられた方々に対して、心からの敬意を表明しています。

消失本堂正面 本堂焼跡

5月25日の空襲で焼失した一行院本堂の焼跡 (昭和30年代頃)

更新日:2015.08.14

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残暑お見舞い申し上げます

戦後70年の夏、今年も8月の旧盆を迎えます。戦争の犠牲になられた方々のご冥福をお念じ申し上げます。

「夏たけて堀のはちすの花みつつ ほとけのおしえを思う朝かな」 (昭和天皇御作 昭和63年)

ハス

(昨年6月撮影)

 

更新日:2015.08.08

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盂蘭盆法要勤修

7月13日 盂蘭盆合同法要をお勤めいたしました。今頃、ご先祖の皆さまは極楽浄土から各ご家庭にお帰りになり、おもてなしを受けていらっしゃることでしょう。さて、お浄土にいらっしゃる阿弥陀さま、阿弥陀とは古代インドの言葉「アミターバー」「アミターユス」が語源で、中国で音訳されました。「アミターバー」は無量光、「アミターユス」は無量寿をあらわし、阿弥陀仏とは量り知れない光と寿命を持つ仏さまを意味しています。その光はあらゆるところを照らし、いつも私たちを見護り、もらさず救ってくださいます。

H27.7蓮

今朝ひらいた蓮の花です

更新日:2015.07.14

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盂蘭盆法要

盂蘭盆(うらぼん)は梵語「ウランバナ」の音訳で、お釈迦さまの十大弟子の1人、目連尊者の故事に由来するものです。日本では、亡きご先祖を家にお迎えし、供養をする期間として伝えられて来ました。多くのご先祖からの繋がりがあればこそ、今日の私たちが生かされています。感謝と敬いの心をもってお盆をお迎え致しましょう。

お盆合同法要を厳修いたします。

7月13日(月)  第一座 午前11時~  第二座 午後2時~

お地蔵さま

 

更新日:2015.07.06

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徳本上人像

徳本上人は宝暦8年(1758)6月22日、和歌山県日高郡志賀村に生まれました。当山本堂に安置されていた徳本上人像は傷みが激しく、平成19年7月「古文化財保存修復研究所」に修復を依頼致しました。上人像は彩色が著しく剥離し、寄せ木造りの膠(にかわ)が劣化しておりました。解体の結果、体内に記されていたものから、文政3年(1820)徳本上人歿後2年目に仏師「西田立慶」により造られた像であることがわかりました。約1年の修復を終えた平成20年6月、生誕250年を迎えた徳本上人の像は再び一行院の本堂に遷座され、今日でも威厳のある尊容は輝きを放っております。

徳本上人像  徳本上人像(修復)  徳本像体内

西田立慶(にしだりゅうけい/生歿年不明)京都寺町通四条下ル 定朝法印末派

 

更新日:2015.06.23

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施餓鬼法要厳修

本年の施餓鬼法要は、群馬県前橋市「大蓮寺」ご住職 蓮池光洋上人の心温まるご法話とお歌のご指導を頂だい致しました。法要には近隣寺院ご上人方のご隋喜を賜り、檀信徒113名の方がともにお念仏をとなえ盛会裡に勤めることができました。

まもなく入梅です。ご体調にはくれぐれもご留意いただきお過ごし下さい。

施餓鬼荘厳

「施餓鬼法要」本堂の荘厳

更新日:2015.06.07

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金工の巨匠

当山檀信徒 三井安蘇夫氏(みついあそお/1919~1999)は栃木県佐野の生まれ、東京美術学校(現在の東京芸術大学)金工科鍛金部を卒業しました。鍛金(たんきん)とは一枚の金属板を金槌で打ち出し立体化し作品を作る技術で、安蘇夫氏は自ら研究開発した接合の技法を用いて多くの作品を制作しました。1934年に第15回帝展に初入選以来、数々の賞を受賞。金工作家として活躍すると共に、1963年東京芸術大学教授に就任、1968年日展評議員、参与等を歴任し、1978年同大学名誉教授に就任しました。氏は教育と研究を通して鍛金技術の近代化を実践し、現代金属工芸界に大いなる功績を遺されました。1999年3月88歳の生涯をとじられ、境内三井家の墓地に葬られています。

鍛金壺

本年は三井安蘇夫氏の17回忌に祥当します

 

 

更新日:2015.06.01

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施餓鬼法要

施餓鬼法要を厳修いたします。

6月6日(土) 13時~ 法話 蓮池光洋上人 14時~ 施餓鬼法要

本年ご法話を頂だい致しますのは、大本山増上寺 元執事長、群馬県前橋市「大蓮寺」ご住職 蓮池光洋上人です。蓮池上人は学生時代から音楽に親しまれ、浄土宗では御詠歌の教導司として活躍されていらっしゃいます。地元前橋では平成17年より「つきみそう歌声広場」を開設され、歌に関する逸話を交えたご法話を毎回多くの方々が楽しみにされています。

駐車場

更新日:2015.05.26

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徳川家康公歿後400年

元和2年(1616)4月17日 江戸幕府初代将軍 徳川家康公(1542~)が亡くなられました。以来本年は400年を迎えます。江戸入府当時、大本山増上寺の住持は第12世 源誉存応慈昌上人(1544~1620)で、家康公の帰依を受け寺檀の関係を結びました。慶長3年(1598)寺領を現在の芝の地に賜り、家康公の手厚い庇護のもと浄土宗の名刹として発展しました。

草も木も 枯れたる野辺に ただひとり 松のみ残る 弥陀の本願  (存応慈昌上人作)

すべての草木が枯れてしまった野辺に、松だけが常磐の緑をきわだたせているように、すべての教えがすたれてしまっても、阿弥陀如来の本願の御教えだけは何時いつまでも、私たちを護り導いてくれると歌われたものです。

玄関・松

更新日:2015.04.23

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念仏の声するところ

建暦元年(1211)帰洛を許された法然上人は、5年ぶりに京都の地をふまれました。大谷の禅房(現在の知恩院)に入られた上人は門弟との再会をよろこび、あたたかい出迎えを受けました。しかし、翌 建暦2年(1212)ご老齢と所労がかさなって上人は病床につかれました。高弟の法蓮房信空(ほうれんぼうしんくう/1146~1228)は「昔から徳のすぐれた方はそれぞれご遺跡が残されています。お師匠さまがお亡くなりになった後は、どこをご遺跡と定めたらいいでしょうか。」とおたずねになりました。上人は「念仏の声するところ、みなわが遺跡なり。」とお答えになられ遺跡を一カ所に定めず、お念仏の教えが全国隅々までゆきわたるよう弟子たちを諭しました。

春彼岸を迎え、一行院の境内にもお念仏の声が響いております。

本堂内陣

更新日:2015.03.21

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