一行院について

一行院について

一行院は、京都の知恩院、東京の増上寺を御本山とする浄土宗のお寺です。
江戸時代後期に諸国を巡錫した念仏行者、徳本行者が往生された地としても知られています。
本堂を彩る枝垂桜をはじめ、緑豊かな境内は静かに私たちの心を和ませます。

  • 寺院名:天暁山 一行院 満徳寺
  • 草 創:寛永3年(1626)
  • 宗 派:浄土宗
  • 宗 祖:法然上人(1133~1212)
  • ご本尊:阿弥陀仏
  • 称 名:南無阿弥陀仏
  • お 経:お釈迦さまがお説きになった『無量寿経』『観無量寿経』
    『阿弥陀経』の浄土三部経をよりどころとします

一行院の中興開山「徳本行者」

宝暦8年(1758)、紀州(和歌山県)日高郡志賀村の農家に生まれた徳本行者は、幼名を三之丞といいます。
幼い頃から仏心篤く、出家して僧侶になりたいと望んでいました。天明4年(1784)念願かない、往生寺大円のもとで出家得度しました。
紀州山中にこもり、荒行をすること10年余り、横になって寝ることをせず、一日一合の空豆の粉を食べ、一日に何千遍も礼拝し、何万遍も念仏をしました。
その後は、摂津、近江、信州、相模、江戸など各地を行脚(あんぎゃ)して念仏をひろめました。
徳本の評判を聞き、教えを請う人々は後を絶たず、その群集は一般庶民のみならず、将軍様、奥女中、商人等にもおよびました。
行く先々で日課念仏を授け、徳本独特な名号札(南無阿弥陀仏)を授与しました。徳川11代将軍家斉公、増上寺典海は徳本のために一行院を再興しました。
文政元年(1818)10月6日、61歳で亡くなられた徳本行者のご遺体は、一行院境内に葬られています。
今日でも和歌山を初め、徳本行者の遺徳を偲び、多くの方々が参拝にいらっしゃいます。

一行院 一行院
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